2009年07月12日

ラウンドハウス

1966/10/15、インターナショナル・タイムズ(IT)の創刊記念パーティが行われた場所です。



ポールはアラブ風の衣装、マリアンヌ・フェイスフルは尼僧の格好で現れたとか。一般的にカウンターカルチャーと言えばジョンのイメージが強いですが、アヴァンギャルドやアングラに先に心酔していたのは実はポールだったということが今では良く知られていて、このイベントへの参加もその象徴の一つと言えます。

バリー・マイルズがポールの助力を得て創刊した、強い影響力を持ったアンダーグラウンド紙「インターナショナル・タイムズ」は、その創刊を記念したラウンドハウスの夜についてこう書いている。「あの奇妙で巨大な、円筒形の車庫で踊り回っている、2500人の人々。暗闇には、ただついては消える照明があるばかり。仮面をかぶった人々に半裸の娘たち。あちこちに突っ立ち、いったい何が起こっているんだと訝っているその他の人々。マリファナの煙」クラブ・カルチャーの夜明けはクラブの宣伝チラシの登場によって告げられ、この「IT」創刊イヴェントも例外ではなかった。マイルズとその仲間たちは、知り合いに誰彼かまわず手紙を送りつけ、こう請け合った。

Pop/Op/Costume/Masque/Fantasy-Loon/Blowout/Drag Ball. All night rave to launch International Times, with the Soft Machine, Pink Floyd, steel bands, strips, trips, happenings, movies. Bring your own poison and flowers & gas filled balloons & submarines & rocket ships & candy & striped boxes & ladders & paint & flutes & feet & ladders & locomotives & madness & autumn & blow lamps.


上にも名前が出てますが、このイベントの目玉の1つが、当時のアングラのカリスマ、ピンクフロイドのライブでした。

実は、翌67年に彼らが出す1stアルバムのプロデューサーは、ビートルズの1stからラバーソウルまでのエンジニアを担当したノーマン・スミスなのですが、彼がエンジニアに昇格した結果、ビートルズの新たなエンジニアとなったのがジェフ・エマリックです。

超売れっ子のビートルズだからこそ規則の厳しいEMIスタジオで何でもやれたとか、コンサートを止めスタジオに篭ったとか、リボルバー以降の革新的なサウンドが生まれた要因はイロイロなところに散らばっているのですが、その中でもジェフ・エマリックの存在は重要なポイントの1つなわけで、タイミングよくノーマンが抜けちゃう辺り、なんとも人知の及ばない宇宙のプログラムです。

ちなみに、67年にビートルズがサージェントペパーを制作していた時期、隣のスタジオではピンクフロイドが1stを録っていて、覗きに来たポールは「彼らにノックアウトされた」という話も残っています。

またこのラウンドハウスは、ビートルズの68年暮れにライブ復帰コンサートが予定されてた場所でもあります。実際、アップルはこの会場を押さえていたとのことですが、ここに書いたように白紙になり、結局はトゥイッケナムでの「この世で一番悲惨なセッション by ジョン」へと繋がっていくわけです。

そういや、2008年に20ウン年ぶりに再活動したマイブラが演奏した場所でもあります。

場所はこちら。


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タグ:旅行 Beatles
posted by ハル at 01:02| Comment(0) | TrackBack(0) | 旅行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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