2009年09月20日

オールド・ストリート駅(Mad Day)

今回の旅行では、事前の予想に反してイマイチだった場所、逆に思ってた以上に楽しかった場所とイロイロでした。

で、ここオールド・ストリート駅は、めでたく後者だった場所です。

ここは、先のブログに書いた1968/7/28に撮影された場所の1つでして、地下鉄の駅の真上にあります。



地図で見てみると・・・


より大きな地図で London を表示

こんな風にロータリーみたいになっていて、中央が撮影場所です。上の写真だとよくわかりませんが、中心部分にコンクリの塊があり、その上で撮影が行われました。



ということで、無事オールド・ストリート駅まで到着し地上に上がってはみたものの、中心部への横断歩道があるわけでもなく行き方が分からず、流石に道路を横切るもの気が引けるので、あきらめて歩道から撮影しました。



ちょっと残念と思いつつ、次の場所に向かうため地下に降り、地下鉄に向かっていたところ

「あれ?ここ上がれるんじゃない?」

と、嫁さんが怪しい階段を発見!

で、上がってみたところ、なんと中央部分に出ました!

やった!でかした嫁さん!

何故ここに入れるようになっているのかは、かなり謎ですが、まぁ細かいことは気にせずに探索。

怖い人とかいたらどうしようと、ちょっとビビり気味ではありましたが、すぐにビートルズが乗ったコンクリ塊を発見!おお、これだ、これだ。が、しかし・・・

高くて登れねぇ・・・。



実はビートルズのメンバーは、こんな風に板を使って登ってます。そうきたか。



うーん、どないしょ・・・。

ガッツでよじ登ろうにも結構高さがあり、足をかける箇所も無く、写真では分かりにくいですが、何よりコンクリの周りがかなり汚れていて(そりゃこんだけ排気ガス満載なので)、近寄りがたい事この上ナシといった感じです。

うーん、どないしょ・・・。

とりあえず、コンクリ塊の前に立って、それ風の写真を撮ってみました。



イ、イマイチだ・・・。

と、周りを見渡すと、横の建物の屋根から飛び移れそうなことに気がつきました。それに、屋根には横にある手すりからなんとか登れそうです。コンクリ塊と屋根の間は、幅50cm以上はあるけど、1mは無い感じ。僕のしょぼーいジャンプ力でもなんとかなりそうです。

が、高さはというと、これが3mくらいあり、おまけに下のほうは溝が狭くなってるので、失敗すれば、骨折くらいは軽くいきそうです・・・。

今日は7/9。まだ旅行は5日も残ってます。それに明日は現地のガイドさんとドライブで、他にもまだまだ回りたいところ満載です。

ここまでリスクを犯して撮影すべき場所なのか?
骨なんて折ったらどこにもいけねぇぞよ。

・・・。

だけど、はるばる日本からこんな所まで来たんだぞ!
もうこんなところに来ることは一生ないぞ!

と思ったら、登れずにはいられなくなり、スズメの涙程の少ないガッツを振り絞り、屋根によじ登りました。

屋根に乗った直後、どこからともなく掃除屋風(?)のおっちゃんが現れ、

「こいつ、何やってんだっ?!」

ばりの怪しい目で見られましたが、そこは意味不明の会釈と笑顔で交わし、
いよいよ覚悟を決めて、コンクリ塊へ大ジャーーーーーンプ!

で、めでたく撮影できた写真がこれ。



いやー、大変だった分、喜びもひとしおの写真となりました。

(訪れたのは7/9)
ラベル:Beatles 旅行
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2009年09月12日

今回の旅行で回った場所(2009/6/30〜7/14)

今回の旅行で回ったビートルズスポットは全部で131箇所。



場所としては1箇所でも、撮影ポイントが複数ある場所もあるので(例えばチズウィック・ハウスとか)、撮影ポイントで言うともっと増えることになります。ということで撮った写真は約6000枚。

改めて振り返ると、よくこんなに回ったなぁって感じですが、反面まだまだ足りない気も。1年位住まないとダメだな・・・こりゃ。

以下に訪れた場所を書いておきます。

2009/6/30 (ロンドン)

 001. パディントン駅
 002. アルバート・メモリアル
 003. ロイヤル・アルバート・ホール

2009/7/1 (ロンドン)

 004. メリルボーン駅 (映画ハード・デイズ・ナイト)
 005. アップル・エレクトロニクス
 006. ボストン・プレイスの歩道 (映画ハード・デイズ・ナイト)
 007. メリルボーン登記所
 008. マダム・タッソー蝋人形館 (外観のみ。中は入らず。)
 009. レストラン・アルピーノ
 010. ジェーン・アッシャーの家
 011. ラジャハマ (映画ヘルプ)
 012. アップル・ショップ
 013. リンゴ、ジョンのメゾネット
 014. ビートルズが住んだフラット
 015. HMV
 016. インディカ・ギャラリー
 017. BBC・パリス・スタジオ
 018. ロンドン・パビリオン
 019. アップル本社
 020. バック・オ・ネイルズ
 021. ロンドン・パビリオン
 022. ネムズ
 023. MPL
 024. トライデント・スタジオ
 025. 公衆トイレ (Not only but also)
 026. 青果市撮影場所
 027. ルパート・コート
 028. ガーナーズ・レストラン
 029. プリンス・オブ・ウェールズ・シアター

2009/7/2 (ロンドン)

 030. ジオ・ウィリス&サン (映画ヘルプ)
 031. タークス・ヘッド・パブ (映画ハード・デイズ・ナイト)
 032. ポスト投函場所 (映画ヘルプ)
 033. ビートルズの家 (映画ヘルプ)
 034. トゥイッケナム・フィルム・スタジオ
 035. テムズ川の土手 (映画ハード・デイズ・ナイト)
 036. ポスト・オフィス・アレイ (映画ヘルプ)
 037. シティ・バージ・パブ (映画ヘルプ)
 038. チズウィック・ハウス・アンド・ガーデンズ

2009/7/3 (ロンドン)

 039. ストーン・ヘンジ (映画ヘルプ)

2009/7/4 (ロンドン)

 040. ポールの家 (キャベンディッシュ・アベニュー)
 041. アビー・ロード
 042. アビー・ロード・スタジオ
 043. デッカ・スタジオ
 044. バッキンガム宮殿
 045. ラジオ・ルクセンブルグ
 046. ロンドン・ヒルトン・ホテル
 047. ブライアン・エプスタインの家 (チャペル・ストリート)
 048. ロイヤル・コート・ホテル
 049. チェルシー・マナー・スタジオ
 050. 交通事故現場 (A Day In The Life)
 051. ハマー・スミス・オデオンの非常口

2009/7/5 (ロンドン > リバプール)

 052. ハイド・パーク
 053. ユーストン駅
 054. ライム・ストリート駅
 055. リバプール・タウン・ホール
 056. ハード・デイズ・ナイト・ホテル

2009/7/6 (リバプール)

 057. マシュー・ストリート
 058. キャバーン・クラブ
 059. グレイプス・パブ
 060. ビートルズ・ショップ
 061. ホワイト・スター・パブ
 062. ネムズ・レコード店
 063. ヘシーズ楽器店
 064. ラシュワーズ楽器店
 065. エリナー・リグビー像
 066. エンパイア・シアター
 067. セント・ジョージズ・ホール
 068. ルイス・デパート
 069. ジョンとシンシアが結婚した登記所
 070. ジョンが生まれた病院
 071. フィル・ハーモニック・パブ
 072. ジョンとシンシアの住んでいた家
 073. リバプール・カレッジ・オブ・アート
 074. リバプール・インスティテュート (現LIPA)
 075. イー・クラック・パブ
 076. ジョンとスチュアート・サトクリフが住んだフラット
 077. アングリカン・カセドラル
 078. ダブデイル小学校
 079. リンゴが最初に住んだ家 (マドリン・ストリート)
 080. エンプレス・パブ
 081. リンゴが2番目に住んだ家 (アドミラル・グローヴ)
 082. セフトン・パーク
 083. ペニー・レイン
 084. ジョンが2番目に住んだ家 (メンローヴ・アヴェニュー)
 085. ジョンとポールが待ち合わせをした階段
 086. ダービー・アームズ・パブ
 087. ジョンが通っていたスイミング・クラブ
 088. セント・ピーターズ教会
 089. ストロベリー・フィールズ
 090. カスバ・クラブ
 091. みんなでジャンプした場所(知名なんだっけ?)
 092. ジョージが最初に住んだ家 (アーノルド・グローブ)
 093. ジョンが最初に住んだ家 (ニューキャッスル・ロード)
 094. ポールが7番目に住んだ家 (フォースリン・ロード)

2009/7/7 (リバプール)

 この日はセント・ピーターズ教会で結婚式を挙げました!

2009/7/8 (リバプール)

 095. ジョンが2番目に住んだ家の中! (メンローヴ・アヴェニュー)
 096. ポールが7番目に住んだ家の中! (フォースリン・ロード)
 097. ピア・ヘッド
 098. ジョン・レノン空港
 099. ジョージが2番目に住んだ家 (アプトン・グリーン)
 100. ポールが最初に住んだ家 (サンブリー・ロード)
 101. クオリー・バンク・スクール
 102. パーシー・フィリップス・スタジオ
 103. ブルー・エンジェル・パブ

2009/7/9 (リバプール > ロンドン)

 104. プレジデント・ホテル
 105. サビル・シアター
 106. アイドル・レーン
 107. タワー・ブリッジ
 108. オールド・ストリート駅
 109. ラウンド・ハウス
 110. セント・パンクラス教会とその庭

2009/7/10 (ロンドン)

 111. ジョージの家 (フライヤー・パーク)
 112. ジョンの家 (アスコット)
 113. ジョージの家 (イーシャー)
 114. バタシー発電所
 115. プレイハウス・シアター
 116. バタシー発電所 (映画ヘルプ)

2009/7/11 (ロンドン > パリ)

 117. ジョルジョ・サンク・ホテル (パリ)

2009/7/12 (パリ > ロンドン)

 118. 凱旋門 (パリ)
 119. シャンゼリゼ通り (パリ)
 120. モンマルトルの丘 (パリ)
 121. オリンピア・シアター (パリ)
 122. エッフェル塔 (パリ)

2009/7/13 (ロンドン)

 123. 大英図書館
 124. リージェント・パーク
 125. グッジ・プレイス
 126. ブロード・キャスト・ハウス
 127. スピーク・イージー
 128. アスプレイ
 129. ハロッズ

2009/7/14 (ロンドン)

 130. ラッセル・スクウェア・ガーデンズ
 131. ギルフォード・ストリート

これだけ回ったのですが、時間&体力が足りず回れなかった場所や、行ったけど場所が分からなかった場所、はたまたプライベート・エリアで入れなかった場所もありました・・・。

 ライアル・ミューズ (行ったけどプライベート・エリアで入れず)
 ワッピング埠頭 (行ったけどプライベート・エリアで入れず)
 ユーストン・ロード
 デラウェア・ロード
 車泥棒撮影場所 (映画ハード・デイズ・ナイト)
 リンゴ散歩撮影場所 (映画ハード・デイズ・ナイト)
 車泥棒撮影場所 (映画ハード・デイズ・ナイト)
 袋小路撮影場所 (映画ハード・デイズ・ナイト)
 ポートランド・アームズ (映画ハード・デイズ・ナイト)
 マーキュリー・シアター
 ハイゲイト霊園
 ジョンの家 (セント・ジョージズ・ヒル) (行ったけどプライベート・エリアで入れず)
 リンゴの家 (セント・ジョージズ・ヒル) (行ったけどプライベート・エリアで入れず)
 ジョン・ライリーの家
 ランカスター・ホテル
 グロースター・テラス
 ワッドン・ハウス (行ったけどプライベート・エリアで入れず)
 ドーチェスター・ホテル
 アンバサドゥール (行ったけど場所分からず・・・)
 ビクトリア・エンバンクメント・ガーデンズ
 王立裁判所
 オリンピック・サウンド・スタジオ
 ウィルローグビー・ロード
 グロースター・テラス
 バターシー (映画マジカル・ミステリー・ツアー)
 ビートルズ・ストーリー (アルバート・ドック)
 ノール・パーク

特に最後のノール・パークは「Strawberry Fields Forever」「Penny Lane」のプロモが撮影された場所で、絶対行きたい場所の一つだったのですが、ロンドンから少し郊外ということもあり、予定とうまく合わず、行くことができませんした。残念・・・。



ビートルズ以外で回った場所も書いておきます。

ビートルズ以外の場所 (ロック関連)

 デヴィッド・ボウイ「Ziggy Stardust」のジャケット撮影場所
 オアシス「Morning Glory ?」のジャケット撮影場所
 100Club
 SEX Boutique
 マーク・ボラン事故現場
 ミック・ジャガーの家 (チェニー・ウォーク)
 キース・リチャーズの家 (チェニー・ウォーク)
 ジミ・ヘンドリックスの家 (ブルック・ストリート)
 エリック・クラプトンの家
 第2期 Marquee

ビートルズ以外の場所 (イギリス観光)

 ビッグ・ベン
 大英博物館
 ウエストミンスター・カテドラル
 トラファルガー広場

ビートルズ以外の場所 (パリ観光)

 ノートル・ダム大聖堂
 ヴェルサイユ宮殿
 グラン・パレ
 オペラ座

あー、また行きたい。

ラベル:ROCK Beatles 旅行
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2009年08月22日

ポールの家 (Cavendish)

イギリスに来て5日目。

別にお楽しみに後に残しておいたわけでは無いのですが、今日はいよいよアビーロードに行きます!

たとえビートルズを知らなくても、この写真は見たことあるだろって位、有名すぎる場所です。



・・・と、その前に、まずはすぐ近くのポールの家に出発。

宿泊しているセントラルパークホテル近くの地下鉄駅「Queens Way」から「St. John's Wood」まで、約15分の道のりです。

あーわくわく。やっぱりテンションが上がる。

「St. John's Wood」到着。あー、なんだか意味も無く素敵な駅な気がする・・・(実際は他駅と大差なし)。

駅入り口の横に、Beatles Coffee Shopなるお店を発見! 流石や・・・。



いや、この後、リバプールに行って改めて思ったのですが、リバプールって街は、やっぱりどこもかしこもビートルズって感じなんですが、これに対し、ロンドンは、さっぱりビートルズの気配がしないんです。

町にポスターがあるわけじゃ無し、お店に入ってもビートルズの曲が流れているわけでも無し、地元に人に言わせれば、若いヤツに人気が無いからってことでしたが、やっぱりイギリスと言えばビートルズ、イギリスと言えばロンドンなわけで、つまりビートルズ = ロンドンってことです。

・・・まぁ何はともあれ、アビーロードに来て、やっとロンドンでビートルズに巡り合えた、ってわけです。

で、この駅とポールの家、アビーロードの位置関係はこんな感じ。



駅からテクテク歩き、サーカス・ロードを進みます。・・・ん?



おおおー、キャヴェンディッシュの看板を発見!!!!



さらに歩く・・・。この辺のはず。



きたーーーー。ポールの家っ!!!!



この家は、今でもポールが所有している家で、ロンドンにいるときには立ち寄ることがあるそうです。ポールは1965年にこの家を買っていて、翌年8月にそれまで居候していたジェーン・アッシャー邸を後にします。

ポールのこの家でたくさんの名曲を作ることになりますが、アビーロード・スタジオが近いこともあり、レコーディングの前に4人が(もしくはジョンと2人で)この家に集まり、曲作りやアレンジを考えたりしたそうです。
1967年の3月半ば、「サージェント・ペパー」アルバムの最後のページにとりかかっていた。前日から始めたリンゴのための歌、リンゴむきの歌は途中まで進んでいた。
午後2時に、ジョンはセント・ジョンズ・ウッドにあるポールの家に到着した。 「Are you afraid when you turn out the light」と、ジョンが歌った。ポールはくりかえしてみながら、うなずいた。この行について更にいろいろな問題を考えつくことができれば、どんな詩にもこのアイデアは使えるはずだと、ジョンは言った。
(一部、省略してます)
The Beatles』 P256
そしてこれは必見! 9/9に発売されるゲームからの映像です。「With A Little Help From My Friends」は2分5秒位から始まりますが、当然ペパーから通しで聴くのが良いかと。



「Fool on the hill」の記述もあります。

ポールは、それから、自分のギターのところに戻って「The fool on the hill」を、非常にゆっくりと美しく、弾き語りしはじめた。ジョンは静かに聴いていたが、ぼんやり窓の外を眺めていているので、聴いていないようにも見えた。ポールはそれを幾度も歌ったが、ラララと歌ったところの歌詞はまだ考えていなかった。どうやら出来上がったとき、ジョンが口を挟んで、歌詞をちゃんと書きとめておいたほうがいい、さもないと忘れてしまうぞ、と言った。
The Beatles』 P258
ジョンはえらくこの歌詞に感動したらしく、ポールのために歌詞を書きとめてあげたようです。
(ズームアップした画像はドラッグできます。Youtubeの下に潜り込む場合はドラッグで)



また、1980年のインタビューでもジョンらしい言い方で誉めています。
彼もいい子にしていたら、いい歌詞が書けるという証拠さ。



上の地図にもあるように、スタジオからはすぐそばなので、スタジオから出てきたポールを追いかければ簡単にばれてしまう場所ということもあって、門の前には四六時中ファンがいたようで、彼らとトラブルになることもしばしばだったようです。



海外の書籍で「Paul McCartney, Lodon, NW8. - 1967」という当時のファンが撮った写真ばかりを集めたものがあるのですが、中はに3年間毎日通い詰めたファン(560回会ったと語ってます!)のエピソードなんかも載っていて、これじゃポールもたまらんなぁって感じです。

実は今年の春位まではGoogle Street Viewで見れたのですが、ポール(記事だと同宅の警備にあたる会社とあります)が削除を要請したようで今は見ることができません。

ただ、記事にもあるように、Google Mapだと真上からも見られますし、MicrosoftのBing Mapsだともっと鮮明にみられます。恐ろしい世の中だ・・・。



家の前で写真撮っちゃう僕含め、本人には迷惑な話だと思うのですが、そこはファン心理ってことで許してくれ、ポール。そういや、塀にはラクガキもありました。



家の前の写真は、意外と良いのが無かったのですが、こんなのマネしてみました。ちょっと角度が違ったけど・・・。


外から見る限り、全く人の気配はしませんでしたが、ポールは1週間ほど前(6/27)にハイドパークで行われたニール・ヤングのライブに飛び入りしているので、もしかしたら数日前には居た? もしくは今日も居る? 窓から顔出したりしない?などと、かなわぬ夢を見ながら、次はいよいよアビーロード&スタジオに向かいます。

今日は疲れたので、続きはまたそのうち・・・。

(訪れたのは7/4)
ラベル:Beatles 旅行
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2009年08月15日

パリ

1963年はリバプールの田舎者4人組がイギリスを制覇した年でした。

そして1964年、それまでイギリスのミュージシャンがアメリカでNo.1を獲得することが皆無だった中、1月(イギリスでは前年の11月)にリリースしたシングル「I Want To Hold Your Hand」が見事No.1を獲得し、最後の砦”アメリカ”をも制覇することとなったわけです。

4月には全米チャート1位〜5位を独占するという驚異的な偉業を達成し、この時こそ、彼らが名実共に世界のビートルズとなった瞬間と言えると思います。

そして、これまたタイミングが良いことに、2月にはアメリカCBSテレビの超有名番組「エド・サリヴァン・ショー」に出演。

この日の最高視聴率は72%を叩き出し、番組の放送中は全米で青少年による犯罪が一件も起きなかったという逸話があるほどです。

ジョン・レノン射殺、9.11同様、ある層より上の年代のアメリカ人は、このとき、どこで何をしていたか覚えていると言われていますが、それほど大きなインパクトだった事を裏付けるエピソードと言えると思います。

その後の初の渡米ツアーも大成功に終わり、ビートルズが一つの頂点を迎えた年、それが1964年という年だったわけです。

実は、No.1を獲得する前から、既に「エド・サリヴァン・ショー」や全米ツアーが決まっていたのですが、これ以上無いタイミングで1位を獲ってしまう辺り、やはり人知の及ばない力が作用してるとか思えません。
#米キャピトルレコードとの策略が無いとは言えませんが・・・。

ところで、このNo.1獲得の知らせを、ビートルズはどこで知ったのか? というと、イギリス・・・ではなく、実はパリでこの知らせを受けたと言われています。

1964年1/16〜2/4、ビートルズは渡米の前にパリツアーを行なっています。

当時、ビートルズはパリではさっぱり知名度も人気も無かっため、 ル・ブールジェ空港に到着した時、出迎えのファンは全く無く、マスコミ関連の人間が数人居ただけだったとか。

コンサート自体もフランスの女性歌手シルヴィ・バルタン目当ての男性客がほとんど占め、ビートルズ演奏中は全く盛り上がらなかったそうです。

とは言っても、このツアーの音源(City Of Light等)を聴くと、ビートルマニアの絶叫こそ無いですが、それなりに盛り上がってはいますけど。

と、云うことで、1964パリ滞在時のビートルズの写真です。

まずは凱旋門。




次はモンマルトルの丘。



ジョルジョ・サンク・ホテル。超高級ホテルです。当然5つ星。玄関は改装されて変わってしまってました。






オリンピアシアター。1964年コンサートを行った場所です。


ポールは、2007年、43年ぶりにここでライブをしました。

残念ながら1964年のコンサート時の曲は演奏されませんでした。が、珍しく"I'll Follow The Sun"を演奏したので、以下にリンクを張っておきます。一応1964年繋がり。




最後はエッフェル塔。これは1964年でなく、1961年のジョンとポールのパリ旅行(1961/9/30〜10/14)での1枚です。



イギリスと同じく、天気に恵まれ、ラッキーでした。



(訪れたのは7/11,12)
ラベル:旅行 Beatles
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2009年08月13日

レストラン・アルピーノ

1962/9/4、ビートルズはEMIスタジオでの2回目のレコーディングを行ないました。

そして、レコーディングの合間に、アルピーノというレストランで食事をしています。
リハーサルとレコーディング・セッションの間の空き時間(午後5時半〜7時の間)に、ジョージ・マーティンはビートルズとニール・アスピナルを夕食に連れ出し、ピーター・セラーズやスパイク・ミリガンのレコーディングをしたときの話をして彼らを楽しませた。「マリルボーン・ハイ・ストリートのアルピーノという小さなイタリア料理店へ連れて行ったんだ。みんなスパゲティを食べて、ひとり当たりの値段が3シリング9ペンスほどだった。別に高級な店でも何でもなかったが、彼らは感激していたよ。こういうのをいい暮らしというんだ!ってね」

なかなか初々しいエピソードです。現在、このお店はゲッティと名前が変わっています。



ちなみに、この日9/4のレコーディングは、デビューシングルを録音するために行なわれました。
6月6日の初めてのセッションから90日後、ビートルズは再びEMIスタジオを訪れ、デビュー・シングル用のレコーディングに再度挑戦した 午後2時から5時までは第3スタジオで、ロン・リチャーズのもとで精力的なリハーサルを行った。6曲練習し、そのうちの2曲が夜のセッションでレコーディングされた。スタジオは午後7時から10時まで予約していたが、結果的には11時15分までかかった。そのうちの1曲はオリジナル曲にこれといったものがないと感じたジョージ・マーティンが前もって選んでいたミッチー・マレー(本名ライオネル・ミッチェル・スティッチャー)の"How Do You Do It"だった。マーティンはこの曲をビートルズのデビュー・シングルに強く推した。

"How Do You Do It"のレコーディングについては、最近になって興味深い事実が明らかになった。もっとも注目すべき点は、ビートルズがこの曲のアレンジをかなり変えていたことだ。ジョージ・マーティンから送られてきたオリジナル・でも収録のアセテート盤を聴いて、自分たちのスタイルにあうように時間をかけて編集したに違いない。しかし、ジョンとポールはあくまでも自分たちの曲をシングルとして発売することを望んでいた。したがって、ビートルズは一応"How Do You Do It"をレコーディングする準備はしていたが、それは嫌々ながらの話だったし、やる気はなかった。その気持ちをくみ、現時点でのかんばしくない仕上がりからいずれ大きな飛躍があるだろうと見込んだジョージ・マーティンは、レノン=マッカートニーの行く末をもう少し見守ることとした。

その後、ビートルズのレコーディングが採用されなくなると、この曲はジェリー・アンド・ペースメーカーズにまわされた。ジェリーはマレーのオリジナル・バージョンではなく、ビートルズのアレンジをコピーしている。

ジェリー・アンド・ペースメーカーズはこの曲でチャートのナンバーワンを獲得している。

※一部省略、順序入れ替えてます


"How Do You Do It"は、"Ultra Rare Trax 1"で聴くことが可能です。また、"Anthology 1"にも収録されていますが、こちらのバージョンは"Sessions"製作の際にミックスされたもので、"Ultra Rare Trax 1"収録のオリジナルバージョンと比べて、曲終わりの歌詞の一部が少しだけ差し替えられています。



が、ビートルズはあくまでオリジナル曲にこだわり、「Love Me Do」も録音します。

また、この日は、リボルバーからレギュラーエンジニアとなるジェフ・エマリック(当時まだ15歳!)が、EMIスタジオに勤めだしてから2日目となる日で、先輩エンジニアであるリチャード・ランガムに付いて、夜のセッションを目撃しています。
7時少し前、マイクが拾ったしゃべり声を聞いて、ぼくはなにごとがはじまったのかと、コントロールルームの窓側に向かった。はじめて目の当たりにしたビートルズの姿は、さほど記憶に残るようなものではなかった。下のスタジオでは7人の人間が動きまわっていたが、いっぷう変わった髪形のおかげで、4人のメンバーは簡単に見分けがついた。ただしクリスが絶賛していた革のジャケットではなく、きちんとプレスされたワイシャツにネクタイという出で立ちだった。

「How Do You Do It テイク1」と彼がいうと、一瞬の間を置いて、メンバーのひとりが震え声でカウントし、バンドは演奏を開始した。クリスやほかのスタッフから、さんざん前あおりを聞かされていたせいか、正直いって彼らの演奏には、少しがっかりさせられた。リズム・ギターも兼ねるリード・シンガーは、鼻にかかったユニークな歌声の持ち主で、音を外さずにうたったものの、さほど熱がこもっていなかったし、リード・ギタリストはなんだかぶきっちょうそうだった。この演奏でいちばん印象深かったのは、おそらく、パワフルでメロディックなベース・プレイだろう。窓からのぞき見ると、ベーシストは同時にハーモニーもつけていた。

ほんの2、3テイク録っただけで ー ジョージ・マーティンはそのあいだ、手持ちのトークバック・マイクで指示を出していた ー 全員が満足したらしく、バンドはプレイバックを聞くために、コントロールルームに上がってきた。

プレイバックを聞いたジョージ・マーティンがOKを出したとき、ぼくはビートルズの4人が何度も座り直しているのに気が付いた。なにやら納得のいかないことがあるらしい。口火を切ったのはジョンだった。

「なあ、ジョージ」と彼は自分たちのプロデューサーに、無遠慮に話しかけた。「はっきりいってオレたち、この曲はクズだと思うんだ」ジョージの驚いた顔を見て、彼はいくぶん表現をやわらげた。「つまり、たしかにいい曲かもしれないけど、オレたちがやりたい路線とはちがってるってことさ」

「じゃあきみたちはいったいどういう曲をやりたいんだ?」困り顔のプロデューサーが訊いた。

眼鏡を外し、目を細めてジョージを見つめたジョンは、単刀直入にこういった。「オレたちはどっかのだれかが書いたヤワな曲じゃなくて、オレたち自身の曲をやりたいんだ」ジョージ・マーティンはかすかにおもしろいという顔をした。

「じゃいうがね、ジョン。きみたちがこれに負けないくらいいい曲を書いてきたら、喜んでレコーディングしようじゃないか」ジョンは彼をにらみつけ、しばらく、不穏な雰囲気が漂った。

するとポールが礼儀正しいが断固とした口調で、「今のぼくらは、ちょっとちがった方向性を目指したいと思っているんです。それにぼくらの曲は、決してその曲に負けていないと思います。もしよかったら、ちょっとやってみたいんですが」

ジョージ・マーティンはノーマンと顔を見合わせた。権威をふりかざすべきなのか、それとも要求を呑むべきなのか、迷っている様子だった。しばし各メンバーの顔を見つめ、彼らの本気度を推しはかろうとしていたが、ついに沈黙を破り、穏やかな声でいった。「わかった。じゃあその曲を聞かせてくれ」

5人がゆっくり階段を下りていくと、ノーマンはぼくとリチャードを振り向いてかぶりを振った。「ずいぶん生意気な連中じゃないか、ええ?でもたぶん、ああでなきゃここまで来れなかったのかもしれないな」

「見なよ、リチャード」驚いたぼくは、思わずこう口走っていた。「ちがうやつがうたってる!」

ノーマン・スミスがふくみ笑いをした。「そこがこのバンドの強みのひとつさ。オーディションのとき、このバンドには強力なリード・シンガーがひとりじゃなくふたりいるのがわかったんだ。ギタリストもうたえるんだぞ。まぁ、あのふたりほどうまくはないが」

僕はポールの声の響きがすごく気に入った。丸味のトーンは、ジョンのもっとどぎつい音色とは好対照を成していた。それ以上に印象的だったのが、ふたりの声のブレンドで、ハーモニカを吹かなくてもいいパートでジョンが低音のハーモニーをつけると、クリス・ニールのいった通り、エヴァリー・ブラザーズそっくりになったーただし、音楽性はずっとアグレッシブだったけれど。

少ししてジョージ・マーティンがコントロールルームに戻り、ノーマンに意見を求めた。「悪くないよ、ジョージ。悪くない」彼はいった。「さっきの曲みたいにすぐ火がつくってわけにはいかないかもしれないが、うん、たしかに聞かせるものがある」

※一部省略してます
ザ・ビートルズ・サウンド 最後の真実』 P71〜
Geoff Emerick & Howard Massey 著

ということで、めでたくオリジナル曲「Love Me Do」が、彼らのデビューシングルとなったわけです。すばらしいぃ。

「"How Do Yo Do It"で行こうと決めていたんだが」とジョージ・マーティン。「最終的には私も"Love Me Do"を採ったよ。あれはとてもいいレコードだった」

とは言うものの、実はジョージ・マーティンはこの日のドラムも気に入らず、9/11にはスタジオ・ミュージシャンのアンディ・ホワイトを起用して再レコーディングを行ないます。

が、最終的には何故か両方のバージョンが採用され、シングルはリンゴ、アルバムはアンディ・ホワイトのバージョンが収録されることとなりました。(現在リンゴ・バージョンはパスト・マスターズで聴く事ができます。)

また、この日のレコーディングには、写真家デゾ・ホフマンも立ち会ったため、プロ・ビートルズとしてはごくごく初期の貴重な写真が多くの残されています。撮影場所は第3スタジオ。ジョージの左目周りのあざは、キャバーンクラブで殴られた痕です。痛々しい・・・。



この日の写真では無いですがプロダクションチームの面々です。左からリチャード・ランガム、ノーマン・スミス、ジョージ・マーティン。



話があちこち飛びましたが、アルピーノの場所はこちらです。


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(訪れたのは7/1)
ラベル:旅行 Beatles
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2009年07月13日

セント・パンクラス教会(Mad Day)

1968/7/28の午後から夕方にかけて、ビートルズの4人は、ロンドンの7箇所(!)でフォトセッションを行います(Mad Dayと呼ばれています)。ここはその5番目の場所です。

メインカメラマンのドン・マッカリンの他、マル・エバンスの息子ゲイリー、ヨーコ、当時のポールのガールフレンドであるフランシー・シュワルツも動向しています。

この公園内では9箇所で撮影が行われていますが、最後の9番目で撮影された下の写真は赤盤青盤の見開きの写真で有名です。



今回の旅行では100箇所以上は回ったと思いますが、この公園は最も相性が悪い場所でした・・・。と言うのも、この公園に足を運ぶこと、なんと3回!!!

1回目は7/9に来たのですが、撮影中にお通じが良くなってしまい、近くの駅で用を足し(往復約20分)、帰ってきたら、なんと門がClose!!!ノォ〜〜〜〜。

イギリスでは大きめの公園には門があることが多く、この公園は21:00には閉まってしまうとのことでした。ということで結局この日は1箇所でのみ撮影。なんだよ、せっかく来たのに。

2回目は7/10。この日は現地の日本人ガイドさん+ドライバーさんとロンドン郊外のビートルズスポットをドライブしたのですが、わりとサクサク回れて時間が余ったので、昨日無念に終わった公園でリベンジすることになりました。

到着は20:00ちょい過ぎ。時間的には余裕です。が、やはり用を足そうということになり、昨日と同じく近くの駅まで。ちらっと昨日の悪夢がよぎりましたが、帰ってきて20:30だったのひと安心。余裕綽々で撮影していたのも束の間、公園の管理人(?)みたいなおっさんが来て「今日は早く帰るから門閉めるよ」とのこと。な、なにを〜〜〜〜〜、規則ってものがあるだろっ。規則ってのものが。5分だけ延長してもらったものの、結局この日は3箇所で撮影。あと6箇所残ってるし。

他のビートルズスポットではかなりラッキーな撮影ができた所もあったのですが、ここはとことん相性が悪いようで、今回の旅ではあきらめようと思ったのですが、せっかく遠路はるばるやってきて悔しさ120%だったので、7/13に3回目のトライをしました。

今回は前回までの反省を活かし、朝一で撮影に挑みました。もちろん、出すものは全てドバっと放出済み。

ということで、3度目にしてやっと9箇所全てで撮影ができました。とりあえずいい感じの5箇所載せますぅ。いやー大変だった・・・。








場所はこちら。


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ラベル:Beatles 旅行
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2009年07月12日

ラウンドハウス

1966/10/15、インターナショナル・タイムズ(IT)の創刊記念パーティが行われた場所です。



ポールはアラブ風の衣装、マリアンヌ・フェイスフルは尼僧の格好で現れたとか。一般的にカウンターカルチャーと言えばジョンのイメージが強いですが、アヴァンギャルドやアングラに先に心酔していたのは実はポールだったということが今では良く知られていて、このイベントへの参加もその象徴の一つと言えます。

バリー・マイルズがポールの助力を得て創刊した、強い影響力を持ったアンダーグラウンド紙「インターナショナル・タイムズ」は、その創刊を記念したラウンドハウスの夜についてこう書いている。「あの奇妙で巨大な、円筒形の車庫で踊り回っている、2500人の人々。暗闇には、ただついては消える照明があるばかり。仮面をかぶった人々に半裸の娘たち。あちこちに突っ立ち、いったい何が起こっているんだと訝っているその他の人々。マリファナの煙」クラブ・カルチャーの夜明けはクラブの宣伝チラシの登場によって告げられ、この「IT」創刊イヴェントも例外ではなかった。マイルズとその仲間たちは、知り合いに誰彼かまわず手紙を送りつけ、こう請け合った。

Pop/Op/Costume/Masque/Fantasy-Loon/Blowout/Drag Ball. All night rave to launch International Times, with the Soft Machine, Pink Floyd, steel bands, strips, trips, happenings, movies. Bring your own poison and flowers & gas filled balloons & submarines & rocket ships & candy & striped boxes & ladders & paint & flutes & feet & ladders & locomotives & madness & autumn & blow lamps.


上にも名前が出てますが、このイベントの目玉の1つが、当時のアングラのカリスマ、ピンクフロイドのライブでした。

実は、翌67年に彼らが出す1stアルバムのプロデューサーは、ビートルズの1stからラバーソウルまでのエンジニアを担当したノーマン・スミスなのですが、彼がエンジニアに昇格した結果、ビートルズの新たなエンジニアとなったのがジェフ・エマリックです。

超売れっ子のビートルズだからこそ規則の厳しいEMIスタジオで何でもやれたとか、コンサートを止めスタジオに篭ったとか、リボルバー以降の革新的なサウンドが生まれた要因はイロイロなところに散らばっているのですが、その中でもジェフ・エマリックの存在は重要なポイントの1つなわけで、タイミングよくノーマンが抜けちゃう辺り、なんとも人知の及ばない宇宙のプログラムです。

ちなみに、67年にビートルズがサージェントペパーを制作していた時期、隣のスタジオではピンクフロイドが1stを録っていて、覗きに来たポールは「彼らにノックアウトされた」という話も残っています。

またこのラウンドハウスは、ビートルズの68年暮れにライブ復帰コンサートが予定されてた場所でもあります。実際、アップルはこの会場を押さえていたとのことですが、ここに書いたように白紙になり、結局はトゥイッケナムでの「この世で一番悲惨なセッション by ジョン」へと繋がっていくわけです。

そういや、2008年に20ウン年ぶりに再活動したマイブラが演奏した場所でもあります。

場所はこちら。


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ラベル:旅行 Beatles
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2009年07月09日

アップル・ショップ

アップルショップがあったビル。



Musical Heritageとして何故かジョンの名前だけがありました。



アップルの事業はレコード部門以外は採算の合わないものばかりでしたが、アップルショップもわずか8ヶ月で閉店する有様でした。
アップル・ブティックはクリスマスを控えて大盛況となり、商品はまたたく間に売れた。「並べる端から商品がなくなっていくんだけど、問題は現金が入らなかったことさ。店員はみんなヒッピーだったから、万引きを捕まえるなんてことはしなかった。気に入ったものを盗んでいく連中を見逃しても、良心がとがめたりしないのさ」
上の引用は経営を任されていたジョンの幼なじみピート・ショットンの回想ですが、アップルという会社そのものがお金の出入りを管理する人がおらず、やたらと人を雇い、ある種のパラノイア状態にあったようで、その代償として腹黒い連中による金の流出を防げず、とたんに経営難に陥ったというのが本当のところのようです。

ちなみにこのビル、開店当初はザ・フールというオランダのアーティスト集団によるサイケなペイントが壁一面に施されていましたが、住民や地元の小売店主等からかなりの苦情が上がり、最終的には市の勧告により真っ白に塗り替えられました。サージェントペパーからホワイトアルバムへのジャケット変遷と妙にシンクロする出来事だったと思います。




場所はこちら。


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(実際に訪れたのは7/2)
ラベル:Beatles 旅行
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2009年07月06日

チズウィック・ハウス

1966/5/20、「ペイパーバック・ライター」と「レイン」のプロモ撮影が行われた場所です。300年弱前に作られた庭園とのことです。

・・・が、行ってみると、なにやら様子がおかしい。



がーーん、庭園の半分位が補修作業中で入れないらしい・・・。

ってことで、ビートルの写真等が残ってる箇所はおおまかには5箇所ですが、そのうち3箇所しか見られませんでした。残念。

1箇所目は演奏シーンが撮影された場所。


実際のプロモはこちら。




同じ場所で休憩中に取られて写真。ジョージと同じ場所に座れて超感動!!!足が僕より大分長いな・・・。


2箇所目はヒマラヤ杉での撮影場所。「レイン」のプロモにも出てきますが、「ノーウェアマン」のジャケットにも使われました。彫像はこの40年の間に補修されたとのことです。


3箇所目は1箇所目の撮影場所に向かう一行の写真。左から撮影監督のマイケル・リンゼイ・ホッグ(映画Let It Beも監督した)、ジョン、ビートルズ運転手のアルフ・ビックネル、リンゴ、ニール・アスピノール、ビートルズマンスリーのスー、ポール、カメラマン、ブライアン・エプスタイン、ジョージ、マル・エバンス、トニー・バーロウ。


「レイン」冒頭のリンゴが歩くシーンのバックに見える門は、金網越しに見れましたが、温室は遠くからしか見ることができませんでした(泣)


実際のプロモはこれ。




詳細な場所はこちら。

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(実際に訪れたのは7/2)
ラベル:Beatles 旅行
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2009年07月05日

トライデント・スタジオ

ビートルズのレコーディングのほとんどはアビーロード・スタジオで行われましたが、一部に楽曲については別のスタジオで録音されることもありました。

その1つがここ、トライデント・スタジオ。



1968/7/31、「Hey Jude」はここで録音されました。
(下のプロモはトゥイッケナム・フィルム・スタジオで撮影されたものです)




当時アビーロード・スタジオではまだ4トラックが利用されていましたが、レコード会社に属さないインディペンデントなスタジオは最新機器をいち早く導入するのが売りなので、トライデント・スタジオでは既に8トラックが導入されていたとのことです。

他にもジョン、ジョージ、リンゴ、ストーンズ、デヴィッド・ボウイらも、ここでレコーディングしています。



また、ポールがプロデュースしていたメリー・ホプキンのデビュー曲を録音した日、ポールとメリー、コーラスを担当した女子生徒達とパブリシティ用の写真が撮影されています。後ろに写っているのがトライデント・スタジオです。



路地にたまたま居た休憩中のお姉さんと一緒に写真を撮りました。



(実際に訪れたのは7/2)
ラベル:Beatles 旅行
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2009年07月04日

ストーンヘンジ

今日は雨の予報だったので大英博物館に行くつもりだったのですが、晴れたので急遽予定変更でストーンヘンジに行ってきました。

Waterloo駅から電車でSalisburyまで1時間20分の列車の旅です。ロマンスカーで箱根って感じか。料金はスタンダードクラス往復2人分で59ポンド。結構高いな。騙されてるのか?

初めは街並みを楽しんでいましたが、そのうち飽きてきて最後の30分位は爆睡でした。そんなこんなでやっと到着。

駅前は結構寂しい感じ・・・。



ここからバスで20分ってことなので、バス乗り場を探したのですが、見つからない・・・。が、うろうろしてたら、切符売りのおっさんがいたので、チケットを購入。2人で35ポンド。またまたたけーーー。

心配になったので片道か往復か聞いたら、往復ということで少し安心。またストーンヘンジについて分かったのですが、ストーンヘンジに入るために1人11ポンドかかるってことで、これも含んで35ポンド。

と云うことは、35-(11x2)=13ポンドがバス代で、2人分往復なので、片道1人だと500円位。なんだ安いじゃん。

待ってると2階建てバス登場。ロンドンでもまだ乗ってなかったのだけど、こんなところで乗ることになるとは。

駅前は寂しい感じだったのですが、少し走ると「これぞヨーロッパ。テレビで見たことある!」という街並みが登場。が、僕はかなり荒いバスの運転の方に大興奮!ジェットコースター並みに迫力でした・・・。



街を過ぎると、北海道ばりの大草原。なんも無いっす。たまに牛やら羊がいるだけ。相変わらず運転は荒い。

そうこうしているうちに、おー見えてきました!



乗ってきたバスがこれ。ストーンヘンジって書いてあるので、めっちゃ分かりやすい。



入り口で解説用のメカをゲット。ヘラヘラしてたら英語版渡されたので、日本語版に変えてもらいました。



解説メカを耳に当てながら、ビデオを撮って大忙し・・・。そのうち楽しめてないことに気がついたので、メカはやめてしまいました。二言目には「誰もその本当の理由は知りません」って解説だし・・・。ホテルに帰ってきてググったら、こんな記事もありました。どうも「治療のために作られた可能性が高い」とのこと。



ところで、このストーンヘンジ、実はビートルズスポットでもあります。映画ヘルプで「I Need You」と「The Night Before」の撮影が行われたのが、ここソールズベリ平野です。近くに軍の基地(演習場?)があるらしく、そこで撮影されたとのことですが、確かに軍のヘリみたいのがたまに飛んでました。

ということで、頭の中でずっと「I Need You」が流れてました。下の動画だと1分35秒辺りでストーンヘンジが現れます。




天気がちょっと不安だったのですが、ビートルズの映像と同じく、晴れた日に見ることができてラッキーでした。



ラベル:Beatles 旅行
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2009年07月03日

マーク・ボラン事故現場

最近だと「20世紀少年」の主題歌で有名なT.Rexのボーカル兼ギタリスト、マーク・ボランの事故現場。



1977/9/16、ガールフレンドのグロリア運転のミニ・クーパーが真横からオオカエデの樹にぶつかり、助手席に乗っていたマーク・ボランは即死だったとのことです。グロリアは軽症で済んだものの、事故後、飲酒で告訴されました。

マーク・ボランは生前から「俺は30歳前には死ぬ」と公言していたそうですが、実際に30歳になる2週間前に亡くなったことになります。デビュー前のパリでは、ある魔術師の弟子となり魔術を習得したとか、この事故で即死だったものの、ほとんど外傷が無かったとか、イロイロな噂が絶えない不思議な人でもありました。



ここを訪れる世界中のファンからメッセージや碑、銅像もありました。



T.Rexの頂点はやっぱり72年発売のスライダーですかねぇ。この後、グラムロック衰退と共に彼も鳴かず飛ばずでした。ちなみにこのスライダー、ジャケット撮影はリンゴ・スターが行いました。



僕が一番好きな曲は「テレグラム・サム」です。マーク・ボランってたまに志村けん風な声出すのですが、これがまたカッコイイのだなー。




そういや冒頭に書いた「20世紀少年」の主題歌、実は来日時に日本の東芝レコードで録音されています。




また、同時期にグラムロックで活躍したデヴィッド・ボウイの名曲「Lady Stardust」のモデルは、マーク・ボランだと言われています。




場所はこちら。


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2009年07月02日

ビートルズフラット

ビートルズがリバプールからロンドンに出てきた当初、しばらくはホテルに住まいだったのですが、1963年の秋から翌年春頃まで、(ホテル以外では)4人で初めてにして後にも先にも唯一の共同生活を行っていたのが、グリーン・ストリート57番地にあるこのフラットです。



ビートルズが済んでいたのは左側の入り口から入った5階の部屋です。ここではビートルズマンスリー向けに内部で撮影された写真も残っています。



他のビートルズスポットと同じく、外から写真撮って終わりかなと思っていたのですが、なにやら入り口のドアが空いてました。

中を覗いてみると、どうやら内装補修?の作業をやっているようで、入り口にいた黒人の作業員の方に話しかけられると、早口でガガガガーとまくしたてられ、何を言われているかはさっぱりでしたが、どうやらこの人はここにビートルズが住んでいたことは知らないようでした。

中に入って写真を撮って良いか?と聞くと、なんとOK!!!!

お礼を行って中に入ると、ありました!ビートルズの写真と全く同じ階段!!!

ここに半年あまりもビートルズの4人が済んでいて、毎日この階段を上り下りしていたのかと思うと感動の絶頂でしたが、あまり長居して作業の邪魔になるのもマズイので、さくっと写真を撮らせてもらいました。頭ボサボサですが。



普通なら人が住んでいるので中に入れるはずもなく、またこれが週末だったら作業もしてなかったかも、なんて考えると、なんとも幸運だったとしか言い様がありません。

チズウィック・ハウスでは工事のために見ることができず、ここでは工事のお陰で入れるはずも無いところに入れた、と考えると、なんとも奇妙な巡り合わせだったと思います。

いやー、しかし、感動した・・・。

ラベル:旅行 Beatles
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ジェーン・アッシャーの家

かつてのポールの恋人(婚約までしたのに!) ジェーン・アッシャー&アッシャー家がかつて住んでいた家。



ポールは1963/11から1966年の夏までの約3年弱、ここの屋根裏部屋にある寝室に済みジェーンと同居していました。

3拍目の裏から入る「I want to hold your Hand」の最初のコードが生まれたのも、ジェーンへのラブソング「And I Love Her」「I've Just Seen a Face」も、全部ここで生まれました。

そしてなんと言っても20世紀を代表する名曲「Yesterday」のメロディが降臨したのもこの屋根裏と言われています。
目覚めると素敵なメロディが頭に残っていた。「すごい、これは何だ?」ベッドから起きた僕は、窓際のアップライト・ピアノに向かって、G、F#、そしてマイナー・セヴンを奏でた。そこからB、Em、そしてまたG。ロジカルにコードが進む。素敵なメロディだったけど、夢で聴いたものだから、自分で書いたものだとは信じがたかった。「いや、僕はこんな曲書いていない」と思ってね。でも実際、曲はここにある。魔法のような出来事だ。
ちなみに当初はメロディのみで歌詞が決まっていなかったので「スクランブル・エッグ♪〜」と歌っていた、というのも有名な話です。

場所はこちら。


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ラベル:旅行 Beatles
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(What's the Story) Morning Glory?

ブリッド・ポップ全盛期にリリースされたオアシス2ndジャケットの撮影場所。



すぐ横のレコード屋さんにも「YOU ARE HERE」とディスプレイされていました。



当時も今もブラーの方が好みなのですが、4曲目「Don't Look Back in Anger」は大好きな曲です。なんて素敵なタイトルなんでしょ・・・。




この曲は兄ちゃんノエルが歌ってます。やっぱり弟リアムにはかないませんが、まぁ声で負けたら弟は出る幕無いので・・・。

場所はこちら。


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ラベル:ROCK 旅行
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2009年07月01日

ロイヤル・アルバート・ホール

アルバート・メモリアルに背を向けると、目の前に見えるのが、ロイヤル・アルバート・ホールです。

ここでビートルズは1963/4/18と9/15の2回、ライブを行っています。

特に前者はBBCラジオ主催の「スウィンギン・サウンド'63」というショーへの出演でしたが、この楽屋でポールは後のフィアンセとなるジェーン・アッシャーと出逢っています。









また、サージェント・ペパー収録の「A Day In The Life」の歌詞にも、このホールの名前が登場します。



最近では、2002年のジョージ1周忌に行われた「Concert for George」の会場にもなりました。以前書いたブログでは「While My Guitar Gently Weeps」を載せたので「Something」へのリンクを載せようと思ったのですが、Youtubeではヒットしません・・・。有っても音無いし。それに先のブログも著作権侵害で削除されてるし。

ので、去年カナダケベックで行われたポールコンサートを。初めはウクレレ、ソロからビートルズバージョンというアレンジは「Concert for George」と同じです。「Concert for George」では、ソロ以降はエリック・クラプトンが歌ってました。




場所はこちら。


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ラベル:Beatles 旅行
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アルバート・メモリアル

時間があれば、もう少し遠くまで行きたかったのだけど、もう18:00過ぎだし何より疲れたので、ホテル目の前のハイドパークを探索しました。目指すはアルバート・メモリアルとロイヤル・アルバート・ホール。

地図で見て広いとは知っていましたが、想像以上の広さでした。それに火曜の夕方なのに、この人の数の多さはなんだ・・・。この国の人たちはヒマなのか・・。



もう結構、日も落ちてきました。でも日没は21:00位みたいです。



リスがあちこちにいました。



そしていよいよお目当てのアルバート・メモリアルが見えてきましたー。



1968/5/28、ポールはここを訪れ、アップルのアーティスト、グレープフルーツのプロモーションビデオの演出を手がけました。その時撮られた写真がこれ。



今は回りに柵があり、当時のようには撮れませんでした。残念。



ちなみにポールが左手を口に突っ込んでいる彫刻は東側の台座にありました。



場所はここです。


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ラベル:Beatles 旅行
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2009年06月30日

空港

発券完了。あとは搭乗手続きを残すのみ。緊張でお腹が痛い。

飛行機は定刻より少し遅れるみたいだけど無事出発するらしい。



乗るのはこれ。



いよいよ出発。かなりビビッたが順調に飛び立ちました。空の上は晴れていた。あたりまえか・・・。



12時間は大変だったが、過ぎれば早いもので、無事到着。ヒースローエキスプレスでロンドンまで行きます。今日はNEXのような失敗は無し。





パディントン駅までは15分位。おしゃれだ。世界の車窓からみたいだ。



徒歩でも10分位なので歩くつもりだったが、結局タクシーでホテルに到着。3.60ポンド。18:00過ぎだけど、まだ全然明るいぞ。



ということで、ハイドパークにGO (次のブログ参照)。

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旅行0日目(成田空港)

37歳にして初めて海外旅行。今日から2週間イギリスに行きます。

・・・が、いきなりアクシデント!

ロマンスカー → 成田エキスプレス → 成田空港と到着するはずが、大荷物抱え、新宿駅内を走り回ったあげく、予約してた成田エキスプレスの発券に時間がかかり、結局乗れず・・・。5800円と、この滝に打たれたような汗、どうしてくれよう・・・。

ってことで、結局あずさ30号で新宿から千葉、そこから成田線で成田空港まで、やっとこさ到着しました。



ホテルは空港からすぐ近く。窓から空港がすぐそこに見えます。





腹が減ったのでメシ。22:00過ぎてたのでムーディーなバーしか開いておらず、結局ここで固焼きそばとハヤシライスを食べました。酒は飲まず。





成田空港までも満足に行けないわれら。イギリス行って大丈夫なのだろうか・・・。不安だ。
ラベル:旅行
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